2024年は元旦早々に能登での大きな地震や、空港での大事故などがありました。
被災した方、ご親族、ご友人、空港関係者、空港利用者、大変多くの方だとても苦しい思いをされていることにお見舞いを申し上げます。
一粒万倍日、天赦日だった元旦ですが、そんなもの気休めにしかならないな、改めて思ってしまいました。。。。。
そんなことを考えながら、本日、寒川神社さんに初詣に行って参りました。
神社では、神様が祀られていて、神様からの加護を求めてお参りをする方が多くいます。
ですが、神頼みが過ぎると、何かがうまくいかなかったときに神様のせいにしてしまう人もいます。
2024年元旦の一粒万倍日、天赦日もそれに近い感覚です。
開運の日とかいうけど、最悪じゃん。。。と。。。。
では、どうしたらいいでしょう。
僕もまだまだ学びの途中ですが、箱根神社の神主さんがいつも話してくれる初詣客に対する好きなお説教があります。
「熱心に神様にお願いするのではなく、神社では、神様の前で自分の目標に対して弛まぬ努力の誓いをたてます。そうして頑張っている自分自身に対して、ほんの少しだけ神様が後押ししてくれるものです。」
という趣旨のお話です。
神様は努力の後押しをしてくれるだけの存在。
そう捉えるといいのかもしれません。
一粒万倍日、天赦日、どちらも何かを始めるのにとてもいい日と言われています。
開運日=いいことがある日 と思いがちですが、「目標を決め弛まぬ努力を誓う日」と捉えると、開運につながっていくのかもしれません。
苦しくも、被災地は復興に向けてのスタートとなりました。
多くの命が失われてしまいましたが、生まれ変わりや死後の世界があるとするならば、亡くなってしまった方は「肉体から離れた魂や心が新しい旅路へ向けて旅立った」と捉えることができると故人の供養となるでしょう。
神社で祀られている御神体は、様々ありますが、町にある神社の多くは「鏡」祀っています。
諸説ありますが、「願いを叶えてくれる神様は鏡に映った自分」と捉えるのはいかがでしょうか。
すべては、捉え方一つで変わります。
心と行動で未来も変わるでしょう。
この記事を読んでくださった方も、今年の目標達成に向けての努力が実りますように。